主の御名を呼び求めている全ての人々と共に

奥義に示された‘自由‘

2013年03月03日 17:00

本日、パンと盃にあずかるのを前に御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けていることに改めて鮮烈さを覚えます。いや、御子の血というシンプルな表現にです。御子ということばは御父に対しての総体的なことばであり、聖霊とともに神性を表す言葉です。素直に受け止めて誤解を恐れずに言い換えるなら、’第二位格の神の血!‘ということになります。当然贖いの代価としては測り知れないほど高価な代償であり、キリストの血に他なりません。レビ記の儀式制度の時代さえ、いけにえの血が「いのちとして」礼拝者たちの贖いとして受け入れられたとするなら、私たちの解放(=自由)を獲得する代価として、神への捧げものとして十字架上に自発的に捧げられた御子のいのちは無限に受け入れられるべきです。
ただ私たちが以前の生活にあった罪の奴隷状態からの解放をより喜ぶためには、知恵と啓示の霊によってもたらされた奥義に示された自由を理解すべきです。主イエスが公生涯で話された事の多くがそのときには理解され難いことばかりでした。「真理はあなたがたを自由にする」もその一つでしょう。結論を言えば、ひとつの人格の中に神性と人性を持っておられるキリスト以外の仲介者も必要とせず、直接神に近づくことができる(エペソ3:12)クリスチャンの自由です。ハレルヤ!

聖句:エペソ1:5、7,3:8-13、レビ17:11、ローマ3:24、Iペテ1:18-19
(ヨハネ8:32、IIコリ3:17)

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